井上達夫

新しい千年紀の到来をことほぐ気分に私はなれない。はなばなしく未来を語る書物は山とあるのに、わざわざこんな陰気な本の扉を開いたあなたも、パレードに背を向けて佇立する人なのだろう。祝祭の多幸感(ユーフォリア)に酔えないのはなぜか。西暦の偶発的な節目にすぎぬものに、時代の大転換を見る欧米中心主義的歴史認識の軽薄さから距離をとりたいという気持ちも一因ではある。しかし、それだけではない。輝かしい未来を語るには、私たちの現実はあまりに貧困ではないか。そんな思いが私を捕らえている。